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何もできない祖父

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幼稚園の時に「祖父母と昔の遊びをする」というイベントがありました。
みんなが自分の祖父母からベーゴマやお手玉の遊び方を教わっている中、私の祖父は、私に何を教えるでもなく椅子に座ったまま動きませんでした。
友人がベーゴマを教わりながら一緒に遊んでいるのを見て、私も祖父に「一緒にコマをしよう!」と言って急かしましたが、祖父は「見とくから」と何もしてくれません。
私は祖父がコマの回し方を知らない事を確信し、「みんなができるのに、なぜ私の祖父はできないんだ!?」と苛立ったことを覚えています。
仕方が無いので祖父の前で一人でコマを回してその日は終わりました。
みんなが楽しそうに遊んでいたのに対し、自分が凄く惨めな気持ちになりました。
その日、家に帰宅して母親に「おじいちゃん来たけど、何にもできないから全然おもしろくなかった!」と言って物凄く怒られた記憶があります。
たったそれだけの出来事で幼い頃の私には「おじいちゃんは何もできない」というイメージが植えつけられました。
もともと優しい祖父だったので、私は祖父に怒られた記憶が一度もなかったのですが、そんな私は次第に増長し、今考えればめちゃくちゃ祖父に対して生意気な態度をとっていたと思いますが、祖父はいつもニコニコしていました。
ただ、私の方は「遊園地に連れて行ってもらって当たり前」「ゲームセンターでゲームをさせてもらって当たり前」といった感覚でした。
小学生に入ってからは祖父と会う機会はめっきり減り、年に数回程度しか会うこともなくなりました。
そして大学生になった頃、それまで一人で行ったことが無い祖父の家にほぼ毎月遊びに行くようになりました。
祖父が一軒家で一人暮らしをしていたというのも理由にあります。
祖父は若い時に祖母を無くしており、私も生まれてから一度も祖母の顔を見た事がなく、再婚もしていませんでした。
私の母親とその兄弟が家を出てから祖父はずっと一軒家で一人暮らしをしていたのです。
とにかく、大学生になって祖父の家に頻繁に行くようになった私は過去の生意気だった時のことを反省して接するようになりましたが、その頃には幼稚園の記憶は完全に忘れていました。
先日、祖父が無くなった時に思い出を振り返っていると、一番古いその時の記憶が読みがえって来ました。
祖父が無くなってから母親に祖父の生い立ちを聞かされたのですが、生まれてすぐ実の母親に捨てられたり、自衛隊員として働くようになってからは、まだ若かった祖父が特攻隊になる前に終戦を迎え、仲間が戦って散っていったのに対して生き残った葛藤を抱えていたそうです。
そんな生い立ちや時代背景から、祖父は同世代の人が知っているようなベーゴマやカルタなどで遊んだ記憶がなく、私に教えられなかったのも無理は無かったんだと思います

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最終更新日:2019-03-05 21:28

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